2015年12月26日土曜日

自分は自分

自分は自分、他人は他人。
て、わかっていても、実はわかっていない。

自分ならこうするのに、なぜしない?
自分ならこうするのに、やってみればいいのに。
これらって、自分は自分、他人は他人であるというのが、
わかっていないからの発言ですよね。

自分に被害があるなら、加害者に言うのはありでしょう。
そういう行為は嫌なので、やめてくれますか?の意味合いですね。

ただ、自分に関係ないのに、それでもこれらの発言をすることは、
僕は無意味やと思っています。

なぜ無意味かというと、自分ができることは他人には出来ないし、
他人は望んでいなかったりするんです。
もちろん逆もしかりなんです。
自分は自分、他人は他人なんです。

人は変わりたい、変えたい、何か動きたいと思えば、
その想いの分だけ動く。
何が必要なのか、何がダメなのか、何がいいのか、
人に聞いたり、相談したりするんです。
周りが放っておいても動くものです。

何年か前まで、この理屈がわからず、
こうしたら?ここを変えたら?と相談もされてないのに言ったりしてたのですが。
理屈がわかってから、何も言わず、じゃ何がしたいの?
と逆に聞くようにしています。

愚痴は聞きますよ。
ただ、その愚痴が変わらないのであれば、
はっきり今の現状から離れなさいという。
近いから固執するものと思っているからです。

要は他人が話をふってくれば、話にのってあげればいいと思うのです。
それまでは、気になっていても見守っていればいいと思うのです。

という生き方をしています、という話です。
押し付けません。
そういう考え方するんや、この人って、ぐらいに思ってくれたらいい話です。

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